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第1話 卵子の老化

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私は日本生殖医学会 (旧 日本不妊学会)の専門医であり約20年間生殖医療に携わって参りました。
その立場から、「卵子の老化」に関するデータを提示しようと思います。

さて、皆様は「アンチエイジング」という言葉をご存知でしょうか?
文字通り「老化を防ぐ、または巻き戻す」という意味です。
しかし昨今話題に上がる様々な方法により(貼付剤や内服剤の使用。運動、エステや美容整形)見た目には若返ったように見えても卵子の老化を止める方法はありません

後述のデータの提示の前に、生殖医療の方法には以下の2種類の方法がある事をお話します。

「体外受精」

卵子を体外に取り出し、精子と混ぜて胚 (受精卵)を作り、子宮の中に戻し (胚移植=ET)、 着床 (妊娠)を待つという方法。
(「試験管ベビー」という名でわかる方もいるかもしれませんね。)

「顕微授精」

卵子に精子を一匹細いガラス針で打ち込んで胚を作る方法。
主に夫の精液中の精子濃度が極端に薄いカップルに施行します。

これらの不妊治療の技術を総称して「生殖補助技術 (ART)」と呼びます。

「生殖補助技術 (ART)」の施行と結果について

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日本でARTを施行した場合、我々学会員は日本産科婦人科学会に施行した内容、結果を報告する義務があり、日本で施行されているARTの100%に近い数を学会が把握し、HP上に公開しています。


以下にそのデータを提示いたします。

図1は2009年の日本全国で施行されたARTの

妊娠率 (妊娠した確率。流産したり子宮外妊娠だった症例も含まれる)、
生産率 (分娩に至った確率。流産や子宮外妊娠は含まれていない)

[図1]

(クリックすると別ウィンドウで
画像が表示されます)

と年齢の完成を表しています。

 

横軸が年齢、左の縦軸は妊娠率、右の縦軸は流産率です。

妊娠率は総治療当たりでも胚移植当たりでも30歳当たりから徐々に下降していきます。
その下降は35-38歳頃からきつくなり、40歳を過ぎると更にきつくなっていき、46歳を超えるとほぼ0になります。

一方流産率は20歳代から上昇傾向にあり、その上昇は40歳代まで続きます。40歳以上になると妊娠した方の約半数は流産に至る結果となっています。

他方、日本ではまだごく少数しか行われていませんが、若年女性の卵子の提供を受け、その卵子と自分の夫の精子で胚を作り自分に移植するという「卵子提供」という技術があり、特にアメリカでは一般的に施行されています。


 

[図2]

Center for Disease
Control andPrevention
(CDC~アメリカ疾病管理
予防センター~) HPより

(クリックすると別ウィンドウで
画像が表示されます)

図2はアメリカ合衆国保健社会福祉省所管の感染症対策の総合研究所が自身のHP上に公開しているデータです。

内容は、患者本人の卵子を使ったARTと卵子提供によるARTの年齢に伴う生産率の変化を集計したものです。

このデータによると、アメリカでも患者本人の卵子を使用したARTの生産率 (図中のOwn eggs)は年齢が上昇するとそれに伴い低下する一方、卵子提供によるARTの生産率 (図中のDonor eggs)は、提供を受ける患者の年齢が48歳以上でも低下しないという結果がデータより読み取れます。

また、生産率が変わらないという事は、流産率は上昇していないと類推でき、つまり年齢の上昇に伴い妊娠率、生産率が低下し流産率が上昇するのは、子宮や卵管、精子の老化や女性ホルモンの減少ではなく、単に「卵子の老化」のためなのです。

(注: 加齢により女性ホルモンレベルは減少しますが、投薬で改善することができます)。

 

以上のことから、卵子の老化は既に20歳代から始まっており、それは治療では改善しない事がわかります。

近年女性の社会進出や給与所得の減少により、少子化、晩婚化が問題になっており、
当院にも40歳を超えて始めて不妊治療を始めるという方が非常にたくさんいらっしゃいます。
少子化・晩婚化対策の一環としてこの「卵子の老化」に関する啓蒙も大切であると私は考えています。


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